世界が静寂に包まれている。
静かな部屋に響くのは、
高周波のファンの音と、女の寝息くらい。
時計の針は深夜2時を指していた。
男は就寝前に歯を磨くため、洗面所へと向かった。
終わりかけの歯磨き粉を搾り出し、ブラシで掬い、
口にくわえてリビングへと戻る。
電源を落とそうと、PCの前に腰を下ろし、
短時間のネットサーフィンを楽しむ。
ブラシを握った手を揺らしながら、眠さをこらえつつページを流し見た。
そのとき、ぼんやりと画面を眺める男の視界を
右から左へと何かが駆け抜けた。
目だけを画面から根元付近へと落とす。
なにもいない。
疲れているのだろうか。
目を使いすぎたのかもしれない。
男は歯ブラシをくわえたまま、顔を両手で覆い、目を軽くこすった。
再び目線を画面に戻した時、男は凍りついた。
やはり、見間違いではなかった、と。
ソレは、ディスプレイの根元の陰からゆっくりと姿を現した。
その全貌を見た男の口から、歯ブラシが落ち、床を転がった。
はいる:「で・・・でかい・・・ッ」
東京という土地に来て早5年。
彼らとの遭遇には慣れていた。
いや、慣れている”はず”だった。
男は自分の考えの甘さに、絶望に似た感情が湧き出るのを感じた。
体長は5cm程だろうか。
2本の長い触角をゆらゆらと揺らしながら、鈍足に、時に俊敏に、
男の目前を横切ってゆく。
黒光りする甲とそれより若干大きめの茶色い羽が間からのぞく。
足には繊毛が生え、すさまじい速度で動いている。
なぜ神は、これほどまでにグロテスクなものを創造したのか。
あまりの威圧感に、男の時は完全に止まっていた。
ソレが画面の前を通り過ぎ、スピーカー付近に到達したとき、
男は我に返った。
もし、このまま、ヤツが歩みを止めない場合・・・
その先には寝息を立てている女がいる。
ソレと女との距離は実に1m。
うかつな・・・敵に背を向け、あまつさえ寝息を立てるとは・・・
ここは戦場だぞ・・・ッ
なんとしてもベッドに侵入する前に起こさなくてはならない。
男はソレを刺激しないように、ゆっくりとベッドに近づき、
女の身体を揺すった。
はいる:「・・・おい。・・・おい。・・・・起きろ・・・・起きるんだ。」
嫁:「・・・・んん・・・・?」
はいる:「・・・・・いいか、落ち着いて聞くんだ・・・」
嫁:「・・・・はぁ?」
はいる:「・・・ゆっくりと・・・・こっちにくるんだ・・・・ッ」
嫁:「・・・何?」
はいる:「・・・ヤツが・・・出やがった・・・・。はやく・・・ッ!」
嫁:「???・・・・よっこいsh・・・」
はいる:「ば、バカ・・・!ゆっくりだ・・・ッ!!死ぬぞ・・・・ッッ!!」
なんとか女の救出に成功した男は、
今、自分たちがどれほど緊迫した状況下にあるか説明した。
全てを理解した女が青ざめる。
嫁:「ど、どこ・・・?」
はいる:「大丈夫・・・まだあそこに・・・」
だが、指差したスピーカー付近に、ヤツの姿はなかった。
はいる:「ば、ばかな・・・ッ!さっきまで・・・ッ、あそこにッッ!!」
落ち着け。落ち着くんだ。
大丈夫。いくらヤツが手練だったとしても、
後ろに回り込むほどの時間は与えていない。
後方からいきなりズドン!は絶対にない。
なにより、姿こそ見えないが、
すさまじい殺気がヤツの存在を物語っている。
殺気・・・いや、憎悪といったほうが良いかもしれない。
救出の成功。
それはつまりヤツとの決戦の開始を意味する。
男はまず、自軍の戦力を確認した。
はいる:「すいませんが!この家に、ゴキジェット的なものはありますか?!」
嫁:「あるよ。」
なんとも心強い返答がかえってきた。
言うなればヤツらにとってそれは核兵器並みの大量殺戮兵器。
その存在によって我々が優位に立ったのは言うまでもない。
おそらく北の連中もこういう気分なのであろう。
さぁ、こっちが攻める番だ。
ベッドの下・・・・・ いない。
スピーカーの裏・・・・・・ いない。
1箇所1箇所、恐る恐る確認していく。
そしてローボードの陰を確認しようとしたとき、
ヤツがその脇の紙袋から姿を現した。
はいる:「出てこなければ、やられなかったのに・・・!(CV:飛田展男)」
男はゴキジェットを構え、ジリジリと距離をつめる。
射程距離にヤツがはいった。
はいる:「そこッ!(CV:古谷徹)」
初撃がヤツを捕らえる。
しかし、すさまじい加速でベッドに飛び移り、枕の下へと消える黒い彗星。
浅かったか・・・?!
逃がさん!!
枕の端を持ち、一気に裏返した。
ヤツはさらに逃げようとするも、初撃が効いたようで
先ほどの速度はもうなくなっていた。
いまだッ!
必中!魂!ひらめき!直撃!捨て身!気合!気合!
スーパーモード発動ッ
はいる:「くらええええッ 愛と怒りと悲しみのぉぉぉッ!
シャァァァイニンング・フィンガァァァ・ソォォォォォォドォッッ!!
メンッ!メンッ!メェェェェェンッ!!!(CV:関智一)」
ベッド上で横たわる黒い物体。
微かに細動しているがその身体のほとんどが動きを止めていた。
我々は勝ったのだ。
男を祝福するかのように、空が明るさを増していた。
時計は、朝4:30を指していた。
〜完〜
